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【商標】「微信(weixin)」ドメイン名事件:テンセントはなぜ香港仲裁を優先して選択したのか?

2016-02-23

*原文は知産力により2016年2月23日に公表されたものである

作者:汪正張妍

リンク:http://www.zhichanli.com/article/25840

最近、アジアドメイン名紛争解決センターの香港事務局は、原告である騰訊控股有限公司(以下「テンセント公司」と略称する)により告訴されたweixin.comドメイン名に関する紛争に対して裁決し、専門家チームは紛争ドメイン名をテンセント公司に移転すると裁定した。該裁定が下された後、直ちに強烈な反響を引き起こし、業界関係者の高い注目を集めている。北京市海淀区人民裁判所が被告の該ドメイン名の紛争裁決に対する民事訴訟を受理したため、紛争ドメイン名が最終的に誰のものになるのか、誰が勝つのか、まだ不透明である。ところが、該事件の特定事情のみについて、テンセント公司が香港仲裁を優先して選択した権利保護対策は(即ち、紛争ドメイン名weixin.comに対して、優先してアジアドメイン名紛争解決センターの香港事務局に訴訟を提起したこと)、非常に研究考察する価値がある。

weixin.comドメイン名事件において、紛争ドメイン名の初期登録日は2000年11月21日であり、2015年4月又は7月に被告のLi Mingに譲渡され、原告であるテンセント公司の香港地域での商標登録日は2011年10月である。そして、紛争ドメイン名のウェブサイトは、ある期間(現在を含む)、テンセント公司及びその関連会社が中国大陸において法により合法的な権益を有する「微信」商標を使用している(少なくとも未登録の著名商標を主張することができる)。上記事情に基づき、テンセント公司の選択可能な権利保護対策は、中国大陸において管轄裁判所に民事訴訟(商標権侵害訴訟又は不正競争訴訟)を直接提起すること、又はドメイン名紛争解決機関(例えば、アジアドメイン名紛争解決センターの香港事務局又は北京事務局)にICANNの「統一ドメイン名紛争処理方針」(「UDRP方針」と略称する)に準拠してドメイン名仲裁を提起することである。しかし、テンセント公司がなぜ香港仲裁を優先して選択したのか?ここには2つの疑問が含まれている。

疑問1:テンセント公司は、なぜ中国大陸において民事訴訟(商標権侵害訴訟又は不正競争訴訟)を直接提起せず、ドメイン名紛争仲裁を選択したのか?

疑問2:テンセント公司は、なぜアジアドメイン名紛争解決センター香港事務局(北京事務局ではなく)にドメイン名紛争仲裁を提起することを選択したのか?

1、テンセント公司は、なぜ民事訴訟を直接提起せず、ドメイン名紛争仲裁を選択したのか?

まず、ドメイン名紛争仲裁の概念を明らかにする必要がある。ドメイン名紛争仲裁は「仲裁」と記載するが、「裁判又は訴訟」、「最終的な直接判決」の意味での「仲裁手続き」とは完全に違う概念である。ドメイン名紛争仲裁は、ドメイン名の所有者がドメイン名を登録する時に強制的に「UDRP方針」の制約を受け入れ、且つドメイン名の所有者が当事者として紛争処理手続きに参与しなければならない「強制的な行政手続き」に過ぎない。

「UDRP方針」第4k条「司法手続きの実行可能性」の規定に基づく。「UDRP方針」第4条には、要求される「強制的な行政手続き」は被告又は原告が該「強制的な行政手続き」の開始前又は終了後に管轄裁判所に訴訟を提起して個別に解決することを排除しないと規定されている。同時に、《最高人民裁判所のコンピュータネットワークドメイン名に関わる民事紛争事件の審理に適用する法律の若干問題に関する解釈》(法釈〔2001〕24号)には、「人民裁判所はドメイン名の登録、使用等の行為が権利侵害又は不正競争を構成すると判断した場合、被告に権利侵害を停止し、ドメイン名取り消しを判決し、又は原告の請求に応じて原告が該ドメイン名を登録して使用することを判決することができ、権利者に実際の損害を与えた場合、被告に損害賠償することを判決することができる」と規定されている。以上から分かるように、ドメイン名の所属権紛争に対する一般的な法的救済策はドメイン名紛争仲裁と民事訴訟である。民事訴訟よりも、ドメイン名紛争仲裁の方がより一般的である。

しかし、民事訴訟と比較すると、ドメイン名仲裁はある程度制限されている。例えば、

(1)ドメイン名仲裁の審査範囲は相対的に制限されている。国際化トップレベルドメイン名である「.com」に対して、専門家チームは厳格にICAAN及び公認の紛争解決機関の規則に基づいて裁決しなければならない。専門家チームは適用される規則に対する解釈について自由裁量権を有するが、専門家チームによる採決は「UDRP方針」第4a条に規定の範囲を超えてはならない。

(2)原告の訴えが成り立つと認める前提において、紛争解決機関の紛争ドメイン名に対する処理結果は、ドメイン名の取り消し又はドメイン名の移転を要求することに限られる。原告が賠償又は禁止令等のその他の救済を要求する場合、司法手続きを取るしかない。

(3)専門家チームがドメイン名の取り消し又はドメイン名の移転を裁定しても、被告は依然として司法手続きを起動する救済策を獲得することができる。

この場合、下記のような問題が発生する。テンセント公司は、なぜ中国大陸で民事訴訟を直接提起せず、ドメイン名紛争仲裁を最終的に選択したのか?著者は主に以下の要因があると考える。

(一)手続きが煩雑である訴訟と比べ、ドメイン名仲裁申し立ては手続きの起動、裁決、執行等において、いずれも簡単且つ便利である特徴があり、ドメイン名紛争を解決する効果的な手段となる。

第1は、ドメイン名仲裁申し立ては時間を短縮でき効率的である。ドメイン名紛争の解決規則に基づき、訴えを提起してから専門家チームによる裁決まで、一般的に二か月以内である。また、ドメイン名仲裁申し立ての手続きにおいては、事実認定と証拠の認容が相対的に簡単である。原告の提出した証拠に対して、被告が否定しない場合、専門家チームは認容することができる。被告が関連証拠を否定した場合、専門家チームは事実と証拠を全面的に検討した上で独自に認定することができる。それに対して、訴訟はコストが高く、手間がかかり、ややもすれば半年から一年の期間を要する。

第2は、ドメイン名仲裁申し立ては便利且つ速い。ドメイン名仲裁申し立ては書面による形式を採用し、手続きが簡単であり、コストが低い。例えば、ドメイン名紛争解決機関のドメイン名仲裁申し立ての際に提出される代理委任状等の書類形式に対する要求が低く、訴え及び審査において全てメールの形式で連絡を取り、原本又は公証認証手続きを提出する必要はない。それに対して、司法手続きは非常に複雑であり、厳格である。例えば、ドメイン外からの起訴手続き書類又は証拠は必ず公証認証を受け中国語に訳さなければならない。

第3はドメイン名仲裁申し立て手続きは勝率が高い。ドメイン名紛争解決制度は主にドメイン名と商標権との抵触及びドメイン名を故意に冒認出願する問題を解決するためのものである。ドメイン名の裁決実践によると、先願商標権者はこれまで非常に高い勝率を維持している。

(二)最も重要な要因は、中国地方裁判所及び最高人民裁判所において以前テンセント公司に不利な判决があったことである!

「「微信」ドメイン名事件の裁決:理解できましたか?」の著者は、「微信」ドメイン名事件の最も重要な論争の焦点は、紛争ドメイン名の「譲渡」を独立で初めて登録された「全く新しい登録」と認めるべきであるか否かにあり、それによって紛争ドメイン名の所有者の合法的利益を獲得する時間基準点を決定し、原告の商標登録日と照合し、最終的に紛争ドメイン名の所有者が紛争ドメイン名に対して合法的な権益を有するか否かを決定することであると判断している(注釈①参照)原告である北京趣拿情報技術有限公司が被告である広州市去哪情報技術有限公司の不正競争を訴える紛争事件において、広東省高級人民裁判所の二審判決及び最高人民裁判所の再審裁定はいずれも、2003年6月6日にドメイン名quna.comが初めて登録され、被告は2009年7月3日に譲渡を受けて該ドメイン名を取得しており、2005年5月9日にドメイン名qunar.comが登録されウェブサイトを作成、一方原告は2006年3月17日設立後に譲渡を受けて該ドメイン名を取得したと判断している。つまり、ドメイン名qunar.comの登録日はドメイン名quna.comの登録日よりおよそ2年遅く、被告が譲渡を受けドメイン名quna.comを用いた行為は《最高人民裁判所のコンピュータネットワークドメイン名に関わる民事紛争事件の審理に適用する法律の若干問題に関する解釈》の規定において権利侵害又は不正競争に判断されるべき条件に適合しない。ドメイン名quna.comの先願登録は正当性を有し、被告が合法的に該先願登録のドメイン名の譲渡を受けた行為自体は過失がなく、該ドメイン名を継続使用する権利がある(注釈②参照)。明らかに、テンセント公司の目的は紛争ドメイン名を取り戻すことであり、単に商標権侵害又は不正競争行為を阻止することではない。更に重要なことは、テンセント公司が民事訴訟を優先して選択した場合、先願判決のように最高人民裁判所がテンセント公司に不利な判决を下す可能性があることである!従って、テンセント公司がなぜドメイン名の紛争仲裁を選択し、民事訴訟を直接提起しなかったかを容易に理解できる。

2、テンセント公司は、なぜアジアドメイン名紛争解決センターの香港事務局(北京事務局ではなく)にドメイン名の紛争仲裁を提起したのか?

上記分析から分かるように、テンセント公司の最適な選択は、直接民事訴訟を提起することではなく、ドメイン名の紛争仲裁を提起することであると言える。さらに、ドメイン名紛争仲裁機関を選択する際にもテンセント公司は二つの選択肢に直面する。即ち、中国大陸の業界関係者がよく接するアジアドメイン名紛争解決センターの香港事務局(香港国際仲裁センターHKIAC)とアジアドメイン名紛争解決センター北京事務局(中国国際経済貿易仲裁委員会CIETAC)である。テンセント公司が最終的に選択したのは、北京事務局ではなく、アジアドメイン名紛争解決センターの香港事務局である。これは何故か?著者は主に以下の要因があると判断する。

第1は、テンセント公司の商標「weixin」、「微信」は既に2011年10月に香港地域で登録している。テンセント公司の「微信」製品、サービスの香港地域での知名度は中国大陸地域ほど高くないが、テンセント公司は少なくとも香港地域で上記登録商標を有している。

第2は、テンセント公司はケイマン諸島系の会社であり、既に2004年に香港証券取引所メインボード上場企業と公開され、2008年6月からはハンセン指数構成銘柄となっている。そのため、テンセント公司は香港で一定の知名度を有する。

第3は、同様にアジアドメイン名紛争解決センターに属し、香港事務局と北京事務局の専門家リストにおける候補専門家も一部重なるが、香港事務局の候補専門家は英美法系と判例法により傾いており、北京事務局の候補専門家は決まった法規と論理的推理をより重要視している。2015年の「微信」商標の権利確定の行政事件について、中国大陸の業界関係者の中でも極めて大きな意見の相違が存在する。そのため、テンセント公司が香港事務局を選択したことは、国際ドメイン名仲裁規則と手続きを効果的に利用することができ、同時に中国大陸専門家チームに与える「微信」商標の権利確定の行政事件の影響による不確実性を最大限に低減することができるようだ。

最後に、これが最も重要な要因でもあるが、アジアドメイン名紛争解決センター北京事務局はテンセント公司に不利な先願裁決を下したことがある!

2010年11月に、アジアドメイン名紛争解決センター北京事務局は、原告である北京趣拿情報技術有限公司と被告である広州市去哪情報技術有限公司との間の紛争ドメイン名quna.comに対して専門家チームによる裁決を下した。首席専門家は遅少傑先生であり、その他の2名の協力専門家はそれぞれ張平先生と李勇先生である。該事件において、紛争ドメイン名の被告に譲渡された日が原告の設立日、原告が権利を主張するドメイン名の登録日、原告が商標登録を出願した日より遅いが、紛争ドメイン名の初期登録日は上記期日より早い。従って、3人の専門家は一致した見解に合意し、被告は紛争ドメイン名に対して権利及び合法的な利益を有すると判断し、原告の訴え請求を却下すると裁定した!(注釈③参照)。北京趣拿情報技術有限公司が2010年の上記ドメイン名紛争の訴えで負けたため、2011年に民事訴訟を提起したのである。

quna.comドメイン名紛争事件において、原告の権利を主張する商標は「qunar.com 英/中文字及びラクダのアイコン」により構成される。その登録の出願日は2006年10月17日である。紛争の双方は、被告は既に該商標出願登録に異議を提起したと認めている。原告の証拠によると、その該当する商標の登録日は2006年10月17日であり、該登録日前から該商標を使用し、2005年にドメイン名qunar.comを登録している。紛争ドメイン名の登録日は2003年6月6日である。原告の登録設立日は2006年3月17日であり、ドメイン名qunar.comの登録日は2005年5月9日、原告の商標登録の出願日は2006年10月17日である。被告の登録設立日は2003年12月10日である。専門家チームは、紛争ドメイン名の登録日は原告の設立日、ドメイン名qunar.comの登録日、原告の商標登録出願日より早いと裁定した。原告は以下を主張している。「被告と紛争ドメイン名との間に関係が発生した連結点は原告のウェブサイトがビジネス運営に投入された日にち、及び原告の商標出願日よりはるかに遅く、被告が紛争ドメイン名に対する任何なる先願権利を有しないことは間違いない。」「方針」第4a(ii)項に記載の「権利又は合法的な利益」に対して、紛争ドメイン名の登録者が被告に示され、ドメイン名の登録日が原告の設立及びその主張するその他の「権利客体」が発生する日より早く、専門家チームに被告が「不当な手段で紛争ドメイン名を取得したため、権利又は合法的な利益を有しない」と判断させる十分な証拠がなければ、専門家チームは、被告は紛争ドメイン名に対して「紛争ドメイン名が登録された時から発生した権利又は合法的な利益」を有すると判断するしかない。これは、民法の「権利継承」に関する規定に適合するからである。専門家チームは、被告が紛争ドメイン名に権利又は合法的な利益を有しないと判断することができないため、原告は「方針」第4a(ii)項に規定の条件を満たさないと判断する。

また、注目すべき細部は、quna.comドメイン名紛争事件の首席専門家は遅少傑先生であることである。遅少傑先生はweixin.comドメイン名紛争事件において協力専門家として少数の意見を述べた。つまり、weixin.comドメイン名紛争事件における被告は、専門家チームの候補専門家を選択した際に効果的な阻止を行ったわけである。

注 釈

①汪正:《「微信」ドメイン名事件の裁決:理解できましたか?》2016年2月19日《知産力》参照リンク:http://www.zhichanli.com/article/25595

②広東省高級人民裁判所(2013)粤高法民三終字第565号民事判決書、最高人民裁判所(2014)民申字第1414号民事裁定書

③専門家チームの裁決はアジアドメイン名紛争解決センターの公式ウェブサイトリンク参照http://www.adndrc.org/cn/CaseStorage/CN-1000371/Decision/CN-1000371_Decision.pdf

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